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「鬼滅の刃」で平和(鬼との共生)を少し考える(メモ)



前提:鬼をやっつけたい気持ちは多々ある
   :私はまだベジタリアンではない(牛肉や豚肉を喜んで食べている)

「鬼滅の刃」の理解:映画を見ただけ。鬼は人を虐殺し、食らう。鬼殺隊が鬼と戦っている。食われるか殺すかの戦い

鬼との平和とは?

平和=ともに生きることを喜びとする社会

どうすれば、鬼とともに生きることを喜びとできるのか?

鬼の立場:自由に本能のままに生きて何が悪い?人間だって牛や豚などを喜んで食べるではないか?

鬼の食事=人肉を食らう=現状では「ともに生きる」の全否定 ダメ?

鬼は人の虐殺を楽しんでいる=「ともに生きることを喜びとする」の全否定?ダメ?


そうとは限らない。

代替食の提供・・・代用肉、人工培養肉(殺さなくても入手できる、それよりおいしい肉があればよいはず)

虐殺ではない娯楽の提供・・「モンスター・ハンター」の類、他

防衛能力の向上。鬼を殺すために戦うのではなく、人殺しや虐待などの過度の攻撃から守るために戦う。できるだけ鬼を殺さない。


鬼がライオンのようならば、街中にライオンを放って共生できるかという問題?

住み分け・・・鬼にも生きる場所と生きる喜びを提供する

遺伝子操作:鬼の同意のもと、狩猟本能や虐殺(本能?)を操作して友好的にする。ライオンを草食動物にしてしまうような(過激で否定すべき考えかもしれません)

とすれば、やはり住み分け?